この惑星を最初に発見し着陸した者たちは、惑星をクラタウと名づけた。ペリー・ローダンはその名の由来は知らなかったが、異を唱える理由もなかった。あの奇妙な“保存物体”のある惑星をより数多く見つける作業は不首尾の報告が相次ぎ、ようやく連合艦隊の一隻が成功を伝えたのだった。
 惑星クラタウ上で、オミクロンCVの第15基地を発った宇宙艦がある物を発見した。それは惑星エムシェンのアンモニア湖、モノリス、インパルス系第2惑星の生命の樹、惑星ヴァルカンの長老プルサダン、惑星フレーサーの施設を思いださせるものであった。
 惑星クラタウはM3の辺境地区に位置していた。そのため艦隊を操る乗組員を極度の危険にさらすことなく、速やかに進出することができた。
 だからといってM3の遠征には毎度大きな危険がつきものというジンクスが破られたとは言えない。
 クラタウの発見者は独自の観察報告をブラッドレイ・フォン・クサンテン、ロナルド・テケナー、ジェニファー・テュロンに伝えてきており、一方で《トレーガー》乗艦中のペリー・ローダンにも通信で内容は届いていた。
 やがて《トレーガー》がクラタウに着陸した。このスター級重巡は、宇宙ハンザ同盟と自由テラナー連盟の広域連合艦隊の総数280にのぼる部隊に所属する同型艦100隻のうちのひとつである。《トレーガー》の乗組員は破壊された《ダン・ピコット》のそれとほぼ同一だった。
 艦はその200mの直径のために、この異星の風景の中に金属の山のようにそびえ立って見えた。着陸地点としてペリー・ローダンは、三つのほとんど平行に並んで流れる川でその幅方向を区切られている、広く長細い谷を選んだ。この三本の川には、二つが北へ流れ、中央が丁度反対方向へ流れるという奇妙な現象が起きていた。
 《トレーガー》の乗員たちはこの谷を「三河谷」と命名したが、丘に沿って延びるクリスタル構造物の奇妙な森が別の名称を考える余地を残していた。
 クラタウで発見された保存物体はすべてこの三河谷の中だった。やがて《トレーガー》の地上探査システムが谷の北側の端に惑星表面下の洞窟網を発見した。
 ローダンはそこでさらにもう一体、あのアンドロイドの体が見つかることに一瞬の疑いも持たなかった。今まで、保存物体のあるところには必ず発見されてきている。
 クラタウは火星ほどの大きさの惑星で、薄い酸素大気をもち、平均気温は低い。このクラタウの赤い太陽は第二の惑星を持っている。それは不格好な岩石のかけらで、主星から遠く離れた孤独な軌道で宇宙に漂っており、たいしたものは見つかっていない。
 クラタウの自転周期は9時間強と短く、昼と夜が頻繁に訪れる。惑星上に海はなく、かつては急流だったらしい幅の広い河床にはみじめな小川がちょろちょろと流れていた。
 ペリー・ローダンは当初ここに滞在するのは一日、長くて二日と決めていた。彼は自分たち《トレーガー》の乗員が再びM3の危機にさらされる前に、むしろ一時撤退した後、広範囲かつ短期間の遠征によって調査を続行しようと考えていた。
 その方法なら細胞活性装置の不調も、ミュータントたちの疲労や能力の減退、超心理現象といったM3ではどうしてもつきまとってくる問題も計算に入れて行動ができると彼は期待したのである。
 しかしまだ計算できないこと、それはセト=アポフィスがダルゲートコンビ、ケルマ=ヨとサグス=レトへの影響力を回復するおそれが常にあるということだった。二人は確かにそのような侵入に対してはとうに免疫があると主張してはいた。しかし経験不十分に起因するローダンの見解はこうである。…セト=アポフィスの本当に強烈な攻撃がどのような結果をもたらすかは誰にも予測できない…。
 だからといってローダンは物質暗示者コンビをあきらめてしまいたくはなかった。彼らは状況次第ではM3の保存物体の秘密を解く鍵になりうる存在である。彼らは、保存物体の中で活動しているように見えるあの奇妙な精神源とのコンタクトを行ってみると言うのである。
 これが新銀河暦425年7月15日夕刻における状況だった。

 ペリー・ローダンは、ここ数時間続いているこの感覚をよく体験して覚えていた。それは魅惑的な新発見がシュプール上にあって、謎が解明されるという確信であり、熱い期待なのである。
 《トレーガー》の男女もこの興奮をいくらか察知して、そしてもしかしたら自分たちもとりこになってしまったのかもしれない。
 アラスカ・シェーデレーアと一緒にギャングウェイを降りていくと、その下端でダルゲートコンビが浮遊プラットホームを待っていた。そのプラットフォームがまるで一秒でも早く目的地に着こうとするような突進に近い速度だった。
 谷の出口を見ると、そこでは50人の《トレーガー》のスペシャリストたちがロボットや自動機械を使って、惑星の地下に発達していることが確認された洞窟網を露出させる作業を行っており、それはすでに人間が侵入できる程度に大きく開かれていた。
 ミュータントたちは絶えず《トレーガー》と谷の北部の間をパトロールして、不慮の突発事故に即対応できるようにしていた。
 ペリーとアラスカは防護服を身につけた。それは、稀薄で有害物質の混ざった大気だからという理由とは別に、万が一計算外の危険にさらされたときのためでもあった。
 《トレーガー》の艦内は警戒体制をとっていた。乗員も考えられる限りの突発事に即座に対応できるよう準備が整っていた。
 連合艦隊の待機点にいる《ラカル・ウールヴァ》とは定期的な交信を続け、ローダンがいつでもブラッドレイ・フォン・クサンテンに増援要請できるようになっていた。
 かくて、必要な処置はすべてなされているように見えた。
 ローダンの目はさらに丘の方へと向いた。赤い太陽の光がクラタウのクリスタル森にかかって、異様な反射光を生み出していた。
 歩道から400m離れた中央の川の岸には、太古の信じられないくらい保存状態の良いクリスタル構造物があった。地質学的にも年代的にも、それは向こうの森と同じクリスタルには属さぬものだった。それは特殊な、すなわちローダンらが捜し求めていたものであった。
 「なんと、でかい。」
 アラスカ・シェーデレーアのたどたどしい声でテラナーの思考が中断した。
 ローダンが現状を把握し直すには一瞬で事足りた。転送機被災者はダルゲートコンビのことを言っていたのだ。彼らはヌグウン=ケエルスと呼ばれる奇妙な保護服の中に、フワフワ漂うグライダーに乗った大洪水以前の動物という形容そのままに身を横たえていた。
 「かつて人類は彼らを地球上で、もしかしたら怪獣だと思って、それ相応の仕打ちをしていたかもしれない。」ローダンは苦々しく言った。「ところが彼らは、人類にとって考えられる限り最も友好的で、最も真実を愛する生き物だというのだからな。」
 「標準から外れたものはみな、ある人間には異様で脅威に映るものだ。」アラスカは言った。「ただ、だからといって非難を常にかわせしてはいられないだろう。人類は弾圧を土台にしてきたし、弾圧もそのめざましい発展の過程で発生したのだ。」
 ローダンは脇から彼の方を向いた。
 「人がそんな話を聞いたら、きっとこう思うだろうな、君は自分のカピン=フラグメントのせいで今までかなりの屈辱を受けてきていたんだな、と。」
 アラスカは低い忍び笑いをもらしたが、何も答えなかった。
 二人は歩道の終点についた。《トレーガー》の艦長、マルセロ・パンタリーニがローダンにヘルメット通話器を通じて報告した。
 「特に異状なしだ、ペリー。全て計画通り。」
 「了解。」ローダンは返答を送ると、ダルゲートコンビと話せるように翻訳機のスイッチを入れた。自分たちのヌグウン=ケエルスの中でケルマ=ヨとサグス=レトは繭にくるまれたようになっていた。彼らは浮遊プラットホームなしで《トレーガー》から出たとしても、その保護服の反動推進と反重力ユニットのコンビネーションで動き回ることができた。
 ローダンとアラスカはETコンビに声をかけ、浮遊プラットホームに一緒に乗り込んだ。ローダンはその時、ふと疑心の目をジェット噴射パイプ上にいるヌグウン=ケエルスに投げかけた。パラライザ、分子加速器、武器にもなる。いまだかつて地球人は一度もダルゲートのような生物に出会ったことがなかった。だから、知性体がこの物質暗示者のように亜原子レベルの影響力を持てるということがとても信じられなかった。
 しかしケルマ=ヨとサグス=レトの能力は、ポーライターを捜す上での一つの希望であった。
 ローダンはパイロットシートについた。
 「三河谷の北の発掘現場へ飛ぼう。そろそろスペシャリストたちが最初のアンドロイド体を見つけている頃だろう。」
 「いいですね。」ダルゲートらは簡潔に答えた。
 彼らがヌグウン=ケエルスにそのように留まっている間は、ローダンは二体を区別しようとはしなかった。実際それを敢えて行うことはまだ普通の状況下では難しかった。ダルゲートは特殊服にいないときはほとんど巨大なカタツムリに等しく、人間の目にはこの軟体動物の子孫を外見的に区別する特徴を見出だすことはできなかったのである。
 ローダンは谷の出口のスペシャリスト部隊に、今出発したこと、何分かで到着することを告げた。
 発掘の指揮に当たっていた技師長のマート・フローリンガーがその報告を受けた。
 「発掘の状況は、マート?」ローダンが尋ねた。
 「人工の洞窟網に達し、露出させました。」フローリンガーが答えた。「これからは施設の重要箇所を損なうことのないよう、慎重に作業する必要があります。」
 「確かに。」ローダンはうなずいた。
 彼がプラットホームの推進機関を作動させると、軽い揺れとともにプラットホームは動き出し、二つの川の間の細長い岸筋の上を滑っていった。高度はほんの数メートルだったが、現在走っている場所と目標地点との間にはモグラの盛り土程度のもの以外の障害物は見当たらなかったので、ローダンは高度をかえる必要がなかった。飛行中はみな無言だった。《トレーガー》は遠ざかっていったが、あまり小さくなっていくようには見えなかった。
 発掘現場の一団を見て、ローダンは蟻塚のようだと思った。カモシカのように素速い専用ロボットが掘り出した土の山の間を回ってよじ登り、深い場所からアームで土をつかみ出していた。シャベル運搬機が二、三台、最重要作業箇所の再整地を常に行っており、その間を防護服姿の何人かの《トレーガー》乗員が動き回っていた。少し離れた丘の上にはグッキー、ラス・ツバイ、フェルマー・ロイドの三人が注意深く周囲すべてを監視していた。
 ローダンは《トレーガー》の砲塔の大部分がこちらに向いていることを知っていた。結局それで安全かどうかは疑問符つきとは言うものの、必要とあらば《トレーガー》の火器管制部の射撃によって練習場での演習同様に援護できるだろう。
 ローダンはプラットホームを現場の端に着地させた。一人のどっしりとした男がやってきて、挙手敬礼をした。
 「マート」ローダンは言った。「今着いた。ダルゲートコンビも連れてきたぞ、アンドロイドに生命をふきこんで動かして見せてくれるそうだ。」
 透明なヘルメットのガラス越しにフローリンガーが顔をしかめたのがはっきり見て取れた。それは彼がそのような実験についてどう思っているかを明白に示していた。
 「ここで待っていたまえ。」ローダンはケルマ=ヨとザクス=レトの方を向いた。「アラスカと私が少し見て回る。」
 反重力パッドに支えられて地面から半メートルほど浮いているプラットホームから二人は飛び降りた。ダルゲートコンビはしばらく後に残されることには抗議しなかった。
 フローリンガーが二人を先導し、《トレーガー》の機械がクラタウの大地につけた傷の上をドカドカと深い足跡を残しながら進んで行った。一行は切り立った場所に出た。そこでローダンは眼下に長方形の線を見つけた。それは惑星地下施設の基礎壁で、ロボットがちょうどそこに反重力プロジェクターを設置していた。坑の端らしき開口部から、LFT艦隊の防護服をつけた者が滑り出てきてこちらに合図を送ってきた。
 「見つけました!」その男は歓声をあげた。
 フローリンガーが男に向かって身をかがめた。
 「いくつ?」
 「数えてくる時間なんかあるわけないでしょう?」相手が答えた。「誰かが確認してくるでしょう。このシャフトは厚さ1メートル以上の鋼の屋根に突き当たってます。穴を開けるときに大きな損傷を与えずにすむかどうか。」
 「迂回するとしよう。」フローリンガーが決めた。
 「了解。」男は笑って、自分の穴に入る獣さながらに坑へと潜っていった。
 「やはりアンドロイド体はあったぞ。」ローダンはマスクマンの方を振り向いた。「予想通りだ。」
 フローリンガーは現場の反対側にいる発掘コマンドに向かって、もう一本のシャフトをどこに掘るかを指示した。坑道はそのシャフトから大地を斜めに貫いて、中央空洞まで達することになる。
 ローダンはこの作業に少し時間を食うだろうとは思ったが、別に苛立つようなことはなかった。勝利はついに目前に迫っていたのだ。
 彼はアラスカと互いに独自の観点から今までの経緯について話を交わしたが、何ら新しい視点は得られずじまいだった。ポーライターの隠れ家に関する思惑も全て語られつくしていた。今となっては確かな発見だけがテラナーを前進させる唯一の物だった。
 ようやくフローリンガーが、坑道の保護作業(簡単に塗布できる実用上劣化しない合成素材の吹き付け)が終了し、先行班が中央空洞に達したと告げた。
 フローリンガーは惑星表面下で作業している部下と無線で接触を保っていた。彼がローダンにアンドロイドは17体発見したと告げるのにもわずかな時間で済んだ。ローダンの予想通りそれは死んだように硬直した状態で発見された。
 「君の出番だな、ペリー」アラスカが言った。「この17人の赤ん坊で一体何をするのかな?」
 「運び出してくれ。」ローダンは命じた。
 今までに幾度となくこのカニに似たアンドロイドは見てきたにも拘らず、次の瞬間ローダンの一杯に張りつめた期待は急速にしぼんでしまった。作業用プラットホームがきちんと並べられた17体のアンドロイドと一緒に深部から滑り出てきたとき、ローダンの心の中には興ざめのようなものが広がっていった。無意識に彼は、ここでもしかしたら何かいつもと違うことが起きるのではないか、何か調査を前進させるようなものが、と考えていたのである。
 「こちらですが。」フローリンガーが言った。「御自由にどうぞ。」
 ローダンは作業用プラットホームを操作していた女性技術者に、ダルケートの所まで運ぶように言った。
 「何に手を出そうとしているか分かっていることを願うよ。」アラスカは友人に警告した。「ケルマ=ヨとサグス=レトがセト=アポフィスの影響下に陥ったら、それがたとえ一瞬だったとしても、私たちはここにカタストロフを体験することになるのだが。」
 「その通り。」ローダンはうんざりしたように言った。
 自分の行動が非常に軽率な行為と紙一重であることを、彼はよく知っていた。
 二つのプラットホームが並んで係留され、ローダンがダルゲートの方へと浮上して行くにつれ、そのうんざりした気分に強い不安感までが加わっていった。
 「これで全部だ、私たちがここで見つけたのは。」ローダンは物質暗示者に向かって言った。「17体の人工体、明らかに誰かに生命をふきこまれるための。」
 ケルマ=ヨが(あるいはサグス=レトか、いったい誰がこんなときに見分けられると言うのだ)単刀直入に尋ねてきた。「どの2体にしましょうか?」
 ローダンは唇をなめた。不気味な力のデモンストレーションが目前に迫っている。それが彼には不安だった。物質暗示者の能力は人類による制御などとても覚つかないものだ。ダルゲートが平和的なのは本当に幸運だった。
 とにかく、彼らがセト=アポフィスに支配されていない限りは。ローダンは心の中で付け加えた。
 ローダンは黄土色の顔、青灰色の背甲殼と白い皮膚を持った17体の列を見据えた。実験全てを最後の瞬間に吹き飛ばしてしまおうか、そんな考えを彼は弄んでいた。なにしろ計算できないことが多すぎるのだ。
 しかし彼はこう言った。「どれでもいい。外側の2体にしようか。」
 何も見えるわけはないのは彼ももちろん知っていたが、それでも緊張した目つきで繭の方を見つめた。彼の脇で何かが動いた。監視所での待機に飽きたグッキーがローダンの横で実体化したからだった。
 数秒もしないうちに外側の左右の2体のアンドロイドが起き上がり、プラットフォームの上に直立した。
 ローダンはすでに別の形でこの体に“生命が吹き込まれる”さまを目撃したことがあった。(最初はセト=アポフィスに操られたケルマ=ヨとサグス=レトがアンドロイド体で《ダン・ピコット》の艦内へ侵入してきたときだった。)とはいうものの彼はすばやい一瞬のできごとに驚いていた。
 アンドロイドの一体がなにか喋った。ローダンの翻訳器がそれを翻訳した。
 「私がケルマ=ヨです。」
 「で、私がサグス=レト。」右にいたアンドロイドが補足した。
 ローダンはグッキーにうなづいた。
 ネズミ=ビーバーは依然としてヌグウン=ケエルスの中に留まったままの二つの体を調べると、驚いたように首を横に振った。
 「ぼくらの親友コンビ、本当に体を入れかえちまってる。」彼は言った。
 ローダンが混乱から回復した。
 「どんな具合だ?」彼はダルゲートコンビに尋ねた。「アンドロイドからどんな情報が得られた?」
 「何も。」ケルマ=ヨが答えた。「この人工体には個有の知識、知性、意識といったものが全くありません。やがて来るべきものを受け入れる、そのための容器に過ぎません。」
 「誰のために考案されたのだろう。」ローダンはさらに尋ねた。「ほんの少しでも何か見つからないか。」
 「無理ですね。」ケルマ=ヨは言った。
 「僕にも使えるかな、その体。」グッキーが横から口をはさんだ。「ぼくがテレポーテーションで中に入ったら?」
 ローダンは鋭くグッキーをにらみつけた。
 「あなたがたの誰一人として、このような体を受け入れることのできる人はいませんね。」ケルマ=ヨは返答してきた。明らかにイルトの問いかけを本気ととっている。「おまけに、この体に留まるためには一連の条件が備わっていなければなりません。サグス=レトと私の場合は、大量の物質を最小構成要素レベルで全て把握して部品として操作できる能力でそれをクリアします。」
 ローダンは考えこんだ。
 「つまり、この体をもともと考え出した存在にも君たちと似たような能力が必要だった、とは言えないというわけか。」彼はダルゲートに尋ねた。
 今度はサグス=レトが答えた。
 「いずれにせよ、この未知種族は物質の構成要素の構造の大部分を把握していたはずです。」
 ローダンはこれ以上前進できないと知った。このアンドロイド体は、明らかにもう長いことこの洞窟に横たわったまま使われていない。何者かがそこに体を創造した。そして何等かの目的でそこに置いた。
 なぜ何も起きなかった?
 失敗作だったのかもしれない。今の人類の理解力では完璧に見えるとしても。あるいはこの体の初めて使われる日が迫っているのかもしれない。さらに遠い未来に。なにしろこの洞窟施設は構築されて千年は経っているかのような印象を受ける。
 ダルゲートコンビは各々の担当の人工体をどれだけ扱えるかを実演し始めた。
 「この体には立ち入り禁止といった場所が全くありませんね。」ケルマ=ヨがきっぱりと言った。「ですが私たちはこの体は決して最良ではないと思います。しかもそれは造り手の立場の問題だったことは確かです。」
 ローダンは物質暗示者が要するに何を言いたいのか理解した。
 多くの偉大な能力によってより良いアンドロイドを造り出せるはずが、テラナーには想像するしかないある理由でそれは断念されたのだ。
 「思うに」アラスカ・シェーデレーアが口をはさんだ。「もっと根本的な疑問に取り組むべきではないかな、その誰かさんはなぜそんな体を造ったか、という。」
 「スーパー義肢、とでもいったものなのでは。」マート・フローリンガーが言った。技師長はまずは当然技術的見地から。「つまりですね、その何者かは自分の本来の体が病気、もしくは老化のためにそれ以上使用に耐えなくなったので退避所が必要だった。」
 似たようなことをローダンも既に考えてはいた。しかしそれが真実に近いとはどうしても思えなかった。もちろん、その何者かが肉体的な死をだし抜こうとして代用体に自分の意識を移し替えたということも考えられる。しかしそれならアンドロイドはもっと完璧なものでなくてはならない。ところがこの蟹に似た創造物は過渡的な解のように感じられる。
 一時的な滞在用なのか。
 ローダンはケルマ=ヨとサグス=レトが各々の新しい体でいくつか芸をして見せるのを眺めていたが、別にそれで得るところがあったと言うわけではなく、ただ人間の体の方がそのアンドロイドの体より優れていることが証明されたに過ぎなかった。
 「これ以上関わる必要はないな。」考え抜いた末、ローダンは言った。「ケルマ=ヨにサグス=レト、君たちは自分の体へ戻ってくれないか。重要物件の方に取り掛かろう。」
 彼ら全員が重要物件と認めるもの、それはクラタウ上で発見された保存物体であった。アンドロイドとの関係はローダンにとって思いもよらない形なのかもしれないが、そこには本当の秘密が隠されている。
 ローダンは六つの柔プラスティック円板対がヌグウン=ケエルスの下部で動き始めたのに気づいた。ダルゲートたちがいくらかゼルン型宇宙服に似た彼らの生命維持装置に戻ったのだ。
 「用意はいいです。」ケルマ=ヨが言った。
 「了解」ローダンが言った。「ではできるだけ早く始めよう。保存物体の内部にいるらしい不可解な精神源と、もしかしたらコンタクトを成立させられるかもしれない。」
 「言葉に尽くせぬ力が私たちとともにあることを。」ケルマ=ヨは言った。
 ローダンはそれがどういう意味かは聞き返さなかった。今のところ彼が知っているのは、ダルゲートにとってのより高位の力、超物質暗示者のような存在のことである。それは電子を操り宇宙の物質全体を支配しているが、常にその能力はより多くの情報の蓄積とそれによる全知への到達という目的にのみ使用されるという。
 しかしそれは宗教、でなければダルゲート的宇宙観である。ローダンは宗教的な問題に多くの知性体がどれほど敏感に反応するものかよく心得ていた。それで彼は質問を控えたのである。

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