一行は地下洞窟網の発掘現場を離れ、三河谷の例の場所へと向かった。そこには“保存物体”と関係ありと見られる孤独なクリスタル構造がある。グッキーとフェルマー・ロイドの感じたあのインパルスが二つを関係づける根拠だった。ダルゲートコンビもまた、クリスタル建造物の内部に精神源が存在すると請け合った。
 ローダンは学者とスペシャリストのほとんどを《トレーガー》に戻らせ、彼自身は大きな成果に期待することにした。ただしそれは物質暗示者コンビが平穏に事を運べたなら、という条件付きだったが。
 ケルマ=ヨとサグス=レトは、今回の仕事が決して無事にはすまないなどとは微塵も感じさせなかった。いままさに彼らはコンタクトの受信を試みようとしているが、この実験によってどれほどの前進が得られるのかといった詳しいことは何ひとつ知らなかった。ローダンは異世界コンビよりさらに懐疑的だった。グッキーとフェルマー・ロイドがあの抜群の超能力をもってしても“保存物体”の謎は解くことができなかった。――ダルゲートコンビはどんな方法を採るのだろうか。
 巨大軟体動物コンビ、ローダン、アラスカ・シェーデレーア、グッキー、フェルマー・ロイドの6人だけがクリスタル構造のまわりに集まった。実験開始である。
 彼らに注意深く見守られているその建造物は、どことなく荒野のサボテンを思わせた。中央の主柱が全体を支えており、まるで大地に根を張ったように見える。柱はゴツゴツと角張った岩片の集まりだった。ローダンはその一つ一つの岩片がいかにしっかりと結合しているかをよく知っていた。何をしてもピクリと動かすことはおろか、柱からかけらを欠き取ることもできなかったのである。およそ中ほどの高さのところには柱から二三の突起がそびえていた。それはまるで威嚇のために振り上げた腕だった。それもまたクリスタルブロックの集まりだったが、主柱ほどは大きくなかった。
 ローダンはそれが成長していく地層と関係があることは間違いないと思っていた。似たような建造物が、ただしもっと小さく若いものだったが、三河谷の斜面にも立っている。
 注目の物体は少なくとも高さ3メートル、一番太いところでは樫の老木ほどの大きさがあった。全体にミルク色をしていたが中に淡青色の部分があった。太陽の光が当ると魅惑的な反射光が見られる。ハンディスポットライトでも似たような効果が得られたが、ローダンはその遊びは禁じておいた。誰かの平穏を乱してしまっているような嫌な予感がしたのである。
 ローダンとアラスカは17体のアンドロイドを載せた浮遊プラットホームの端に並んで座った。二人はヌグウン=ケエルスを着たダルゲートコンビがクリスタル構造のまわりをゆっくりと這い回るのをじっと見ていた。
 グッキーはフェルマー・ロイドの膝にぴったりと身を寄せていた。
 ミュータントたちが慢性的疲労といまなお闘っているのをローダンは知っていた。クラタウに一時間長くいれば一時間分、この不快な効果は増大する。いずれは細胞活性装置の活動もまた狂い出すだろう。
 「もっと早くしなければまずいのだが。」ローダンは思わず口に出した。
 「ふむ」アラスカが言った。「私はここは辛抱だと思うがね。」
 ローダンはダルゲートコンビがどんな努力をしているのか想像しようとした。この驚異の二体は複雑な生物器官はもとより、全ての物質の原子からクォークに至るまで暗示的影響を及ぼせると彼は聞いていた。その能力で物質暗示者たちはクォーク、原子、分子の反応を把握し、思いの通りにプログラムし、その結果ダルゲートの考える通りの物質の“ふるまい”が発生するのである。
 数少ない平和愛好生命体の手に授けられたこの能力は、恐るべき兵器にもなる。なぜならダルゲートは知性体、動物、植物、バクテリア、ウィルスの遺伝子コードを何の苦もなく変えられる。その能力で全く新しい生命体を生み出すことも可能なのである。
 ローダンはこのことを考えると身の毛がよだつ思いだった。
 確かにダルゲートは高尚な倫理を持っているようだった。その倫理が彼らにその力の誤用を許さなかった。――セト=アポフィスの影響を受けていない間は。
 ダルゲートはコンタクトを持った種族全てから尊敬される存在である。これはローダンもそう思った。ケルマ=ヨ、サグス=レトとの討論で、彼は理性的生命体に関するダルゲートの教義体系の一部を知った。翻訳機はこの教義の概念に“ザピエントロジー(「知学?」)”なる語を当てた。ザピエントロジーは、明らかにダルケートとその43の同盟種族にのみ関わるものだった。それによると、生命形態にはいろいろなプロトタイプがあって、まずひとつはプロトシミアナーである(ローダンはとうに知っていたが、ダルゲートは人類や他のヒューマノイドをここに入れている。)。この概念は主として理性的知性体全てに使われたが、種族史的に直前に置かれる獣系祖先にもプロトシミアナーが使われた。いまひとつはプロトザウリアー(とかげ目。長々とした説明は不要だろう。)。最後は熊のようなものでプロトウルジンと呼ばれた。
 奇妙にもダルゲート自身はこの体系のどこにもいなかった。まるで彼らがそれを恐れているかのように。
 ローダンはいつか時間ができたらダルゲートの故郷を見つけだしたいと思っていた。当分これは夢にすぎないが。それに彼らには他にもしてほしいことがある。
 ケルマ=ヨとサグス=レトはもうピクリとも動かなかった。繭状の生命維持装置の中で彼らは保存クリスタルを前に、誰かと無言の会話を交わすかのようにじっとうずくまっていた。
 三河谷の上にも徐々に夜が迫ってきた。《トレーガー》は薄明の中で皓々と照らされた大宮殿の趣があった。小声でローダンは一体のロボットに命じ、投光器で実験場所周辺を十分な明るさにさせようとした。
 ケルマ=ヨが(とにかくローダンはケルマ=ヨだと思った。)が先ず沈黙を破った。
 「かなり深く入りこみました。容易なことではありませんでしたが。」彼は報告した。
 「それで、何が分かった?」興奮して彼は聞いた。
 「まず第一にこの建造物で問題になるのは、単純な鉱石構造に関してですが」ダルゲートは答えた。「その点ではどこにもおかしな所はありません。ただ、建造物だけがここにあるわけではないようですね。」
 「いったい何のことだ。」ローダンは焦って尋ねた。
 「まさかとは思うでしょうが、」ケルマ=ヨは答えた。「私達には、この建造物の内部に知的意識が潜んでいるように思えるのです。気をつけてください、これはクリスタルとは無関係ですが、ミステリアスな方法でその亜原子粒子群と合体しています。」
 「それはファンタスティックに聞こえるが、」アラスカは言った。「とても信じられない話だ。」
 ケルマ=ヨは、誤解されかねないことを心配したのか、こう付け加えた。「サグス=レトと私が見つけたその意識体は、保存物体に属しているわけではないのです。それがたとえ物体としっかり結びついていて分離不可能に見えたとしても、です。」
 ローダンの中で思考が迸った。彼は自分の意識の中で、迫ってくる発想や考察と激しく闘った。
 「精神源も知的意識だった。」彼はつとめて客観的に確認をとった。
 「そうです。」ダルゲートは即答してきた。「ここクラタウでさらに別の保存物体の調査を進めれば比較検討が可能になります。最初の手掛かりが得られたことは確かです。とにかく調査を進めるべきですね。」
 ローダンはこの要望を当然だとは思ったが、何分それらはテラの科学実験の基盤である。ただ彼には時間的な余裕がなかった。また、いますぐにもダルゲートの調査をもっと見たいとも思った。
 彼はアラスカの方を向いた。
 「現在までに発見したクラタウ上の保存物体はいくつだ?」
 「15だが。」転送機被災者から返事があった。
 「ふむ」ローダンは言った。「それなら、…」
 彼は言葉を切った。
 「15!」彼の体に震えが走った。
 「どうした?」マスクの男が尋ねた。
 ローダンは首を振った。
 「後で。」彼は言った。「早急にワリンジャーと話がしたい。君にはその間にダルゲートコンビが保存物体の調査を進められるように頼む。」
 彼は飛行ユニットを起動してさっさと支度すると、地面すれすれを滑るように《トレーガー》を目指した。
 アラスカはミュータント二人の方を向いた。
 「彼に何が起こったのか、君たち二人のどちらでもいいから教えてくれないか。」
 ゼルン服の透明なヘルメットの中でグッキーが自分の牙を光らせたのがはっきり見えた。
 「なんと、アラスカ!」イルトは言った。「ぼくらが思考をスパイしたとでも思ったのかい?」
 「自分が得するとあらば君はする、という方に私は賭けても良いが。」やせかけた男が皮肉っぽく言った。
 「聞いたかい、フェルマー?」グッキーは怒った。
 「聞いたさ」ロイドは頷いた。「そう、まるで見当違いというわけではないね。」
 イルトは窒息しそうな顔をした。
 「何だって、それどういう意味?」
 「つまりだよ、みずみずしいニンジン一本手に入るとあらば、自分のしゅうとめのことだって夢中で嗅ぎ回るだろうってことさ。」ロイドは丁寧に説明した。
 ネズミ=ビーバーは軽蔑の表情をあらわにした。
 「バカバカしい。」彼の口調も軽蔑的だった。「知らないな、我々イルトにはそんな親戚はいないってこと。」
 ロイドは顔をしかめた。
 「それは例えばの話!」
 グッキーは小さな両腕を腰に当てた。
 「自分のしゅうとめの世話でもするんだね。」彼はまだ腹を立てていた。「でなければダルゲートコンビの。ペリーが言ったようにね。」

 ケルマ=ヨとサグス=レトがもうひとつ保存物体を調査し終えた後、《トレーガー》を離れていた乗組員は全員艦に戻り、重巡は球状星団M3から離れて数時間の休憩をとった。ローダンはこれによって差し迫ったネガティブな影響を全て無効化できたらと思ったのである。
 艦内のミュータントと活性装置保持者の体調が正常に復し、再びクラタウへ戻ることができるようになるのを待つ間、ペリー・ローダンとジェフリー・アベル・ワリンジャーはダルゲートコンビ用特別キャビンでサグス=レト、ケルマ=ヨと話を交わした。
 そこでローダンはまず穏やかならぬ知らせを聞かされた。
 「セト=アポフィスがまた私たちに強い圧迫を加えてきています。」ケルマ=ヨが告白した。
 「耐えきれる見通しはあるのか?」
 ケルマ=ヨはためらったようだった。
 「今の状態なら、答えはイエスですが。」彼はやっと答えた。「危険に近づいたときに、私たちの戦闘力を失わせることができるよう、タイミングよく合図を送れるといいのですけれど。」
 言外にこもった他人をすぐ信じるという姿勢がローダンの心を強く動かした。ダルゲートはセト=アポフィスに欺かれたにも関わらず、一瞬のためらいもなくテラナーに全幅の信頼を寄せたのである。
 ダルゲートは進化途上においていったい何度、それと気づくことなく搾取されてきたのだろうか。
 「クラタウの保存物体についてだが。」ワリンジャーが言った。「君たちはこれで比較を行えるようになったわけだが、それで何か分かったことは?」
 「私たちの推測が二三、正しいと判明しました。」ケルマ=ヨが答えた。「それと、これはまず確実と思えるのですが、例の物体の中に探知された意識体はどうやらそこに捕われているようですね。」
 ローダンとワリンジャーは信じられないというように顔を見合わせた。
 「捕われている?」ローダンは聞き返した。「どうしたらそんなことができるんだ?つまり、こんな牢屋にどうやったら意識体を入れられるのか、ということだが。」
 「それは私たちにもまだ分かりません。」ケルマ=ヨは認めた。
 ローダンは失望したように首を振った。
 「あるシュプールに行き当たったことはこれでもう間違いない。しかし、虜囚の身分の意識体を得るとは思いもよらなかった。」
 ダルゲートは互いに小声で話を交わし、再びケルマ=ヨが二人のほうを向いた。
 「『虜囚』という概念には相対化が必要でしょうね。」彼は言った。「虜囚は完全な不自由を意味しますが、私たちは他の現象も経験しましたから。」
 「で、何を経験したって?」ローダンは尋ねた。
 「どうやら捕われた意識体は、その捕えているものの行動能力の範囲でなら動き回ることができるようなのです。」答えはこうだった。
 ワリンジャーの目が勝ちどきをあげたように輝いた。
 「これは我々の確認した事実と一致する。」彼は言った。「今まで保存物体で体験した事の多くがこれで説明づけられる。ヴァルカンの長老プルサダンや惑星フレーサーの施設のことを思い出してみたらいい。」
 「私は別のことに興味がある。」彼は言った。「今までずっと捕らわれた意識体について話してきたが、この意識体がいったい何なのかは分からなかったか?」
 「残念ながら。」サグス=レトはそう言うと、大きな体をのろのろと回した。「ただ、確かなことがひとつあります。この虜囚たちは完全に希望をなくしていますね。」
 ローダンは心を決めた。彼は時計を見るとワリンジャーに頷いてみせた。
 「クラタウへ戻ろう。」彼は言った。「危険な効果も消えつつある。今はぐずぐずしているときではない。この謎もダルゲートコンビの助けがあれば解明できるだろう。」
 「本当にそう思うのか、コンタクトがつけられると。」
 「彼らには簡単なはずだよ!」ローダンは激しく言った。
 彼は《ラカル・ウールヴァ》と無線連絡をとり、ブラッドレイ・フォン・クサンテンに《トレーガー》はクラタウへ再度向かうと伝えた。
 「分からん。これほど非人道的になれるとはどんなやつだ。活動している意識体を生命なき物体に合体させるとは。」ワリンジャーが大声で考えているせいで《ラカル・ウールヴァ》のコマンドの顔から血の気がひいてしまった。
 ローダンは目を閉じた。
 「彼らからそれをどうやって聞き出すかをじっくり考えるといい。」

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