ダルゲートコンビは、自分たちのトリプリッドと一緒にまたヌグウン=ケエルスの中に戻っていた。彼らがペリー・ローダン、アラスカ・シェーデレーアとともにクラタウの三河谷の岸辺にきたのは二度目だった。今回はジェフリー・アベル・ワリンジャーも《トレーガー》を離れて二人のお供をすることになった。グッキーとフェルマー・ロイドは遠く離れて監視役をつとめていた。
 「ひとつ確かなのは、」ケルマ=ヨが独特の呟くような声で言った。「合体している意識体は押し込められている物質から1日も早く逃げ出したいでしょうね。」
 ローダンは顔をしかめた。
 「それはとうに分かっているさ。」彼は言った。「前の観察結果を確認して確信を強めるのもいいが、そんなことより私たちは先へ進まなければならないんだ。そう、新しい知識がどうしても必要なんだ。」
 サグス=レトは、自分の触覚器官につながったメカ器官でサボテンそっくりのクリスタルに触れた。何が実際起こっているのかは、見ていたテラナーには分からなかった。精神接触、それは物質暗示者コンビの、クリスタル原子組織の構築の試みだった。ローダンが一度として心に描き得ない現象だった。彼はただひたすら軟体動物たちの言葉を当てにしていた。
 この実験では何ら役に立つ部分が見られないので、小グループが重巡を出てからまだほんの少ししか経っていないのに、うんざりするほどゆっくりしているように感じられた。
 ローダンは、こんな推測が正しいかどうか分からないが、ケルマ=ヨとサグス=レトが細かいことにこだわってやっていると思った。細かいことにこだわるというのはダルゲートの特徴にはないが、この場合そうすることが正確な研究には不可欠と心得ているようだった。
 しかしローダンはその時何度も時計を見る自分に気づいた。ちょうど昼間だったので人工光線は必要なかった。彼は《トレーガー》の方を見やった。艦は警報発令中で、1秒で他の場所へと発進できる状態なのだが、そんな気配は全く感じられなかった。
 「言葉に尽くせぬ力、我がもとに。」不意にサグス=レトが叫んだ。「この保存は人工的に行われています。」
 ワリンジャーが飛び上がった。
 「また何か見つけた。」彼は言った。
 「聞こえたよ。」ローダンは不愉快そうに言った。
 彼はダルゲートコンビの所へ足を運んだ。今またそのとりわけ奇妙な外見が彼の目に触れた。それは繭にくるまった2つの巨大なイモ虫を遠く連想させた。
 「説明してくれ、どういう意味か。」ローダンはサグス=レトに促した。
 「これらの精神源は、私たちはこの物体に捕らわれた意識体たちに関係ありと見ていますが、」ダルゲート人宇宙旅行者は答えた。「じっとしてはいるものの、信じられないくらい強い活力を自由にできるようです。さらに、彼らのミクロコスモス関連の知識は私たちを上回っているに違いありません。なにしろ彼らは自分たちの牢獄の原子構造をすっかり変えてしまっていますから。」
 「その変更によって保存されているのか。」アラスカ・シェーデレーアが答えを出した。
 「十中八九、その通りでしょう。」ケルマ=ヨが呟くように同意した。
 「つまり、彼らは生にすがりついているわけか。」ローダンは思いを巡らした。「彼らの運動能力は何千年も経つうちに退化してきた。そこで彼らは自分のいる物体に壊れないように手を加えた。我々がM3星雲内のいたるところで見てきた保存現象は長命への意志以外の何ものでもないわけだ。」
 ローダンの声は感銘で震えていた。いったい誰がそれほどの意志力を発揮したのだろうかと彼は思った。インパルス系第2惑星の生命の樹の死はローダンにとって大きなショックだったが、今その悲劇が脳裏をよぎった。考えも及ばないほど長い時間生命にすがりついていた「何か」が、その時滅んだのだった。
 何と理解し難い奇妙な運命との出会いだったことか。
 「私たちは」ワリンジャーがまた口を開いた。「どうやら宇宙規模で展開する超ビッグスケールドラマの観客というわけだな、好むと好まざるとにかかわらず。」
 たぶんワリンジャーは正しい、とローダンは思った。
 が、このドラマの出演者は誰だ?
 この設定の責任者は誰だ?
 M3は長い間、訪れる甲斐のない面白みに欠ける星域だった。
 それが今や、宇宙的悲劇がこの球状星団で幕開けを迎えたのは確実だった。

 ケルマ=ヨとサグス=レトの言葉を信じるなら(もとより疑う根拠などないが)クラタウ上の保存物体の原子構造の詳細調査は徐々に進展を見せている。
 「わたしたちには物の本当の姿というものが見え始めましたよ。」
 「そんな話聞いたら」グッキーの声がヘルメット無線を通してローダンの所へ届いた。「人に思われちゃう、目が3つあるんじゃないかって。」
 「少しうらやましいんじゃないのか、チビ君。」ローダンは皮肉っぽく言った。
 「ぼくみたいな地位だとうらやむなんてことが全くなくてね。」イルトは答えた。「たとえ大カタツムリコンビがビッグバンを再現できたって、ぼくはキング・オブ・ミュータントさ。」
 「それはそれは、そんなふうに呼ばれているとは知らなかった。」
 「もう、冗談だったら。」グッキーは答えた。「どんな状況かと思ってちょっと首を突っ込みたくなっただけ。」
 ローダンはそれ以上関わらなかった。グッキーを知るものにはこのやりとりに終わりのないことは周知の事実である。が、当のチビ助がダルゲートコンビの驚異的才能にかなり苛立っているのもわかる気はした。
 ローダンはまた目下の重要問題に考えを戻した。
 彼はポーライター探索中に遭遇した大量のハードルや障害物のことを考えていて、ひとつ恐ろしい考えに思い至った。
 ポーライターが特に強情な追跡者に対して、その意識体をこのような保存物体に押し込めるという処罰を行ったとは考えられないだろうか。
 いや。ローダンは心の中でその考えを打ち消した。ポーライターがそんな非人間的行為をするはずはない。彼らは深淵の騎士の祖先であり、それに応じた高い倫理的発展段階に達していたのだから。
 ダルゲートコンビがクリスタル構造物のもとを離れて河岸に沿って這っていくのが見えたので、ローダンの思考は途切れた。
 「ちょっと!」ローダンは呼びかけて後を追った。「どこへ行くんだ、何が起こったんだ。」
 ダルケートはローダンに気付いていない。どうやら激しく議論をしている。その上、無線連絡装置を切ってしまっていた。
 ケルマ=ヨとサグス=レトの意見が合わないのは奇妙に思えた。もっとも、本当は合わないので他人にはそれを見せたくないだけかもしれない。
 ローダンが追いついたのでやっと彼らは動きを止めた。
 「私たちの発見したこの事実は直ぐに公表するには事が大きすぎます。」ケルマ=ヨは言った。
 ローダンの目は彼らに釘付けになった。彼は突如として全てを理解した。彼の全生涯を賭けてもいいくらい確かなインスピレーションだった。しばらくして彼は平静を取り戻した。
 彼はダルゲートが何を発見したか『知って』いた。彼ははっきりと告げた。
 「君たちには捕われた意識体が誰だか分かったんだな。」
 ケルマ=ヨとサグス=レトはその奇妙な生命維持装置の中で頭と頭が向き合うようにぐるりと回った。ちょうど互いに見つめ合うように。
 「どうしてそうだと分かったんです。」ようやくサグス=レトが口を開いた。彼にはローダンがふたりよりも浮かれているように見えた。もちろんそれが物的証拠というわけではなかったが。
 「確かに見抜かれたようですね。」ケルマ=ヨはローダンに答える間を与えずに言った。「話してしまうべきでしょう。」
 アラスカとワリンジャーがローダンについてきていた。ローダンには二人が緊張のあまり大きく息をするのが聞こえた。
 ケルマ=ヨはゆっくりと体を回した。
 「私たちは彼らを発見しました。」彼は静かに言った。「彼らは保存物体の中に隠れていたのです。」
 「誰が?」アラスカがあっけにとられて尋ねた。
 「ポーライター!」物質暗示者とローダンの声はピタリと合った。

 発見の影響の大きさは見当もつかなかった。ローダンはそこから得られる成果の全てが理解されるまでにはだいぶかかるだろうとふんだ。
 アラスカ・シェーデレーアとワリンジャーは熱心に議論していた。ローダンはそういった論争を招くテーマには首を突っ込まなかった。彼の頭は2週間ほど前のある時点、クラートのケスジャンドームの中のポーライターステーションで『モラガン=ポルドの石の憲章』を見つけた頃をさまよっていたのである。
 彼は今、半壊した石環の中を歩んだときのことを克明に思い出していた。
 今回の発見に照らし合わせて考えると、あの体験の全く別の意味が浮かんでくる。
 あのとき「石」が語りかけてくることに感銘を覚えたではないか。
 いずれにせよ、彼らの持っていたポーライターの隠れ家の座標をはじめとする重要情報は手に入った。
 ポーライターがどこへ消えてしまったかを知った以上、もはや「しゃべる石」の存在を信じるのが馬鹿げているとは思わない。
 現象に対する説明はもう明らかだ。『モラガン=ポルドの石の憲章』の中にもきっと合体したポーライターがいたのだ。この奇妙な形態で彼らは種族の知識を保管していたのである。
 これはダルゲート実験の成果による、ひとつの仮説である。
 そうとは気づかず、ポーライターの何と近くにいたものよ、とローダンは思った。
 彼の頭は現在に戻ってきた。ケスジャンドームとその下に眠る地下墓地の秘密が完全に解き明かされることはないと彼は思っていた。しかしここM3で、惑星クラタウで、彼はついに手応えあるポーライターのシュプールを見つけたのである。
 そしてこの神秘の存在がなんという恐ろしい状況にあったことか!
 M3のおびただしい数の世界に散らばって物体に合体しているポーライターの意識体。それは絶望した虜囚だった。
 「あなたが正しかったんですな。」ワリンジャーが彼の思考を中断させた。「アンドロイドと保存物体が関係ありと見たあなたが。」
 「単なる数のつきあわせだ。」ペリーローダンはうなずいた。「クラタウの洞窟で我々は17体の行動体を見つけた。それまでに15個の保存物体を発見していた。たぶん徹底的に捜せば欠けた2個も見つかるだろう。」
 「もしくはもはや存在しないということも。」アラスカが指摘した。
 ローダンはマスクマンの方を見て考え込んだ。
 「それはあり得る。」彼は認めた。「我々は共にインパルス系第2惑星の生命の樹の死に立ち会ったのだったな。」
 ワリンジャーには聞こえていないようだった。
 「数字だけの一致じゃない。」つぶやいた彼はかなりうろたえていた。「このアンドロイドは明らかにポーライターの体と考えていい。ポーライターのオリジナルの体に何が起きたのか、それはまだ我々は知るところではない。たとえばそれは悪性の疫病の犠牲になってポーライターが廃棄を強いられたのかも知れない。確かなのはただひとつ。このアンドロイドがその代用であるということだ。」
 「ひとつ分からないことがある。」アラスカが言った。「行動体が自由に使えるなら、なぜポーライターは球状星団内のあちこちの星のありとあらゆる物体にいるのだろうか。なぜアンドロイドの中にいないのだろう。なぜ彼らはそれを使おうとしないのだろう。」
 「その疑問には部分的にしか答えられないが。」ワリンジャーは言った。「ポーライターが当時まだ合体した物体から出ることができなかったのはまず確か。そもそもなぜ彼らがそこに留まっていたのかは分からないが。しかしこれは言語を絶するカタストロフを暗示している。」
 ローダンは遠い過去に一体何が起きたのか想像しようとした。
 ポーライターに何があったのか?
 「我々は彼らを発見はした。」ワリンジャーの話すのが聞こえた。「でも心配ですな、来るのが遅すぎたんじゃないかってね。」
 ローダンはダルゲートコンビが何かしゃべるのを待ったが、ケルマ=ヨとサグス=レトは黙ったままだった。彼らは人類に何も期待していないらしい。確かに物質暗示者の行ったコンタクトを凌ぐことは可能とは思えない。
 しかしローダンはもうとうの昔から自分に諦めるつもりなどないことはわきまえていた。M3では真の秘密の一端をもぎとった。だからきっとどこかで疑問の全てに十分な答が得られるはずだ。
 まずポーライターの過去に何があったか、その災害がどういう経過をたどったかという点に中心を置くべきだ。
 ローダンは断固たる決意を胸に刻んだ。この方向へ探索を伸ばさなければいけないと。

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