行動体の目でじっくり見ても、この惑星の地表は宇宙船着陸直後と大差なく見えた。しかしクリュンヴァント=オソ=メグは、時が経つにつれて新しい体が自分の感覚や性格にどのような影響をもたらすのだろうかと考えていた。
何も変わっていないと思うのは真実を見過ごしているせいだと水利権責任者は思った。
オリジナル体とアンドロイド行動体とではポーライターたちの感情や性質の変化が避けられないほどの大きな差があった。
そしてそれはネガティヴな変化に違いないのだ。オソは陰鬱な気分だった。
実は彼自身、決定的な一歩を踏み出してしまえばこのペシミスティックな気分から解放されるのではと期待していた。ところが相も変わらず、彼は程度の差はありこそすれ物事に参加を強いられるアウトサイダーだった。
彼は16人の後をぎこちなく歩いていた。たった今彼らは反重力リフトを降りて地下洞窟基地の入り口を閉鎖してきたところだった。これで部外者に簡単に見つかることはないだろう。
もっとも部外者なぞいるわけがないが、とオソは思った。
こういった些事すべては計画全体の一種の添え物で、これで各々の士気をもりたてようとしているらしかった。
どんな高尚な哲学的な期待を持って彼らがこの計画全体に着手したかを考えると、オソは仲間たちが自分の考えにどう反応するかはっきり頭に描くことができた。たぶん混じり気なしの冒涜と映るだろう。
オソは大きく嘆息をついた。
おそらく彼らがありとあらゆるものに合体してみて、熟考する時間が持ててやっと、全ての疑問に本当に答えられるようになるのだろう。瞑想はどこでも知恵の泉として称えられている。
一行はグループのあるメンバーが合体場所として選んだ場所に到着した。
セレモニーでは、最初の合体が終わるまでは他の者は待っていることになっていた。まずポーライター一人一人がそれぞれ理想的と思える場所をひとつ見つけるまで、数回実験が行われる。その後行動体で地下基地へ帰り、ポーライターは一度位置を選んだ遠く離れた合体場所へ意識体として到達することになっていた。
17人のポーライターはハラルグゼル=カナ=ニルトが合体する小さな丘のまわりに集まった。
「ここがあなたの選んだ場所だ、カナ。」カラペデル=ノロ=ゴルクが告げた。「ここに即刻決めてもよし、なお数度変更するもよし。」
カナは、といっても背中のマークで他と区別できるだけだが、数歩前へ進み出た。彼は迷っているようだった。
「どんな場所かはそれ程問題ではないと思います。重要なのは我々が休息を得、本当の答えを得ることです。」
彼は本当にそれを重要だと思っているのか?オソは意外に思ってそう自問し、あたりを見回した。他の者はこの意見をもっともだと思っているようだった。
「では、始めたまえ。」そう告げたノロは、どうもリーダー役をずっと続けたい様子だった。「我々はあなたの報告を待つとしよう。」
カナは賛成の身振りをした。と同時に、彼の行動体は生気を失って地面にうずくまった。
オソは丘を見つめていた。
彼はカナが早く戻ってこれ以上の実験を拒否してくれないかと待ったが、すぐには何も起こらなかった。
「ひょっとすると」しばらくしてノロが言った。「彼はもう理想の場所を見つけてしまって、帰ってくる気がないのかも知れぬな。」
しかし彼らは誰にも、また何にも追い立てられているわけではなかったので、カナの行動体が日没直前ようやく起き上がるまでずっと待っていた。彼らは直ぐに彼を取り囲み、質問責めにした。
ノロが他を押しとどめた。
「どういう印象だったか、語ってはくれぬかな。」彼は尋ねた。
ハラルグゼル=カナ=ニルト(彼の3番目の名からすると生物学者である)は困惑しているようだった。行動体の顔がちっとも心の動きを表さないのは欠陥だとオソは思った。――本当につまらないものだ、と。
「それは……とても簡単でした。」カナはようやく言った。「少なくとも合体は。」
「そして、どのような効果をあなたに与えたのか。」ノロが催促した。
「正直言って、…相当な孤独感を覚えました。」
「ではなぜ、さっさと戻ってこなかったんだ?」オソが突然言った。
「そうはいかなかったんです。」カナが答えた。
「何だって?」オソは叫んだ。
「そんなバカな!」ノロが我にかえって言った。「もちろんカナは神経質になっておる。全く初めての環境も考慮しなければ。我々はまず慣れることだ。これからどうするね、カナ。丘にもう一度戻るか、別の場所を捜すか。」
オソはカナが今、こう言うのを無意識に待っていた。「私はクラートへ帰りたい。」
しかしカナの答はドラマチックな要素に欠けていた。
「まだよくわかりません。」彼は言った。
その後の数週は実験に明け暮れた。本当にいつも同じことの繰り返しで、グループのメンバー一人一人が理想の合体場所を見つけることだけがその目的だった。
クリュンヴァント=オソ=メグはさしたる関心も示さずに一度選択を行い、二度と変更しないことにした。彼はクリスタル物質の堆積した場所を中心地として所有することになった。
確かに行動体から他の物体へ乗り移るときのほうが、戻っていくときよりも簡単だった。が、帰還に決定的障害は生じなかったので、その件について議論したり原因を調査したりすることは当分後回しとなった。
オソは楽しくないことばかり起こっているのに気づいた。自分のこの気分がそんな判断をさせていることも分かっていた。一方、多幸症の徴候が著しく弱まっているのも確かだった。突発的な熱狂はもう随分長いこと見られなかった。
にもかかわらず誰も今となっては計画の実行を中止しようなどとは思わなかった。(生まれたときからの体がもう存在しなくなった現在、それもまた非現実的なものとなっていたのである。)オソには仲間たちが自らの決定をわきまえ、運命を自分のものとしていたわけではないように思えた。むしろこの場合は逆だと思った。彼らは自分たちの運命を甘んじて受けたのだ。
皆が集まることが滅多に無くなったことに彼は気づいていた。そう、彼らは徹底して互いに避けるようになってきたのだ。
オソはこういった行動の理由が分かると思った。そうすることでやっかいな問題から逃げたのだ。答えがないかもしれない問題から。
やっとのことで全員の中心地が決まった。17体の行動体は合流して地面の下の基地へ戻った。そこからポーライターは自分たちの意識体を選び出した物体へ送る。そこで彼らは長い時間を過ごす。少なくとも彼らが自分たちの未来、自分たちの発展的進化への道が分かるようになるまで。他の者同様、クリュンヴァント=オソ=メグは自分の行動体に当てられた坑へ入り込んだ。
ノロが二言三言、未来への確信を口にしたが、誰も彼に耳を傾けてはいなかったようだった。
オソはやっと岸辺の大きなクリスタルの中に乗り移ることができて喜んでいた。彼はその中で隅々まで広がったが、同時に自分の新しい立場ではいかにわずかなことしかできないかも知った。それは完全に受動的な存在形態だった。
しかし彼には考える時間がある。
自分自身と自分の種族のことについてじっくり考えることができる。
なぜポーライターが結局発展せず、それどころか数の上での没落を体験したのかを知ることができる。
そして発展、それも超知性体への発展のための次なる一歩をどこへ踏み出すべきか、という問いに対する答を、もしかしたら見つけられるかもしれない。
オソは自分が7万のポーライターの最後のひとりとなっても知識を手にできると信じていたが、それでも努力は怠らなかった。
何事もなく月日は過ぎた。気候の変化と昼夜の入れ代わりが、オソのクリスタルに刻み込まれる唯一の出来事だった。彼は今初めて、彼の種族を苦しめていたとてつもない疲労に自分が冒されたことを知った。
しかし彼は頑張った。本当は不満だらけのこの状態を彼は知性と個性で耐え抜いた。が、彼の焦りも大きくなっていた。彼は他の者はどうしているだろうかと思った。ひとりくらいはもうあきらめてしまって、こうしている間にも行動体に戻っているんじゃないか。
オソはそうは思いたくなかった。
その一方で、彼は一刻も早く帰ってしまいたいとも思った。たとえそのことで彼のアウトサイダーの烙印がいっそう深く刻み込まれようとも。
時間感覚も確実に失われはじめていた。最初はまだ日にちを数えていたが、今はそれもやめていた。自分がどのくらいこのクリスタル物体の中で過ごしたのかすぐに忘れてしまったから。
他の誰かが行動体へ復帰して、彼に瞑想のときは終わったと告げる、そんな夢も彼はだんだん見なくなっていた。
オソは当初の計画よりもかなり長くクリスタルの中で過ごさなければならない場合に備えて準備し始めた。彼はこの構造物の原子構造を徹底的に調査した。さらに長くとどまらなければならない場合、崩壊したりしないか、厳しい気候ゆえに損傷を受けたりしないか、といったことに気をつけたほうが良いからである。
彼はこの作業で少しの間気を紛らすことができた。
しかしそうこうするうちに意識の奥の片隅が、他の者はこの新しい存在形態を捨てることなど全く考えていないのではないか、とささやくようになった。彼らは行動体に戻りたくない、むしろ今の自分の立場でも満足している。これは信じ難いことだが、もはや否定はできない。
とうとうオソはこの考えを検討する以外何もしなくなってしまった。
確かめなければいけない!
他の者がさまざまな物体の中でひっそりと夢を見ることで満足してしまっているかもしれない――彼、オソはそんなことは認めない。計画ではいつの日か行動体に戻って経験したことを交換した後、五惑星系施設から回収部隊を呼ぶことになっていた。
クリュンヴァント=オソ=メグはクリスタル構造物からの帰還の準備を始めた。彼が先に行動体に戻ってしまうことについて他の者がどう思おうと構わなかった。
どうにでもなれ、だ。
かつての水利権の専門家は自分の行動体に精神を集中し、意識を引っ張っていく吸引作用が感じられるのを待った。
しかし何も起こらなかった。
異様な恐怖感がオソに沸き起こった。それは言いようのない、過度の不快感とでも呼ぶべき感覚だった。もっとよく集中しなければいけない。
しかし二度目の努力も成果はなかった。彼はクリスタル物体を離れることができなかった。
彼はむきだしの不安に襲われた。彼は死にもの狂いで合体を離そうともがいた。それは原子構造と原子間相互作用に対する所構わぬ暴風雨となった。
効果がなかった。
彼はひどいパニック状態に陥り、やがて正気を失ってしまった。
ようやく一種の酩酊状態からは醒めたが、次は考えても考えても重苦しい抑鬱の段階だった。
なぜ他の誰一人として、瞑想の時を終わらせる合図、行動体復帰を行わなかったのか彼にも分かってきた。
皆、そうできるような状態ではなかったわけだ。
誰も各々の合体から戻ってこれなかった。
全員捕われの身となった。いま、オソも。
我々は滅亡した。茫然としながら彼はそう思った。
なんという、惨めな運命。
客観時間がどのくらい経ったかを知らないでいるのが結局のところ得なんだということが分かってきた。(そんなことがそもそもずっとできるなら、だが。)なぜならそのおかげでなんとかやっていける状態だったから。
ときどきオソはたった数千歩しか離れていない行動体へ帰ろうとしてはみるのだが、やはり戻ることはできなかった。失敗を繰り返す度に次の試みへの決断力は鈍っていき、そして彼はついにあきらめてしまった。
大変なことだった。残りの人生を何層にも重なった鉱物の中で過ごす、そのための準備をしなければならないということは。
残りの人生を!
それはいったいいつまでだ?
こんな巨大クリスタルがいつまで保つのか。自然崩壊の時を過ぎてなお彼が生き続けるためにはどうすればいいのか。
時おり、オソの意識体はこの牢獄で怒りと抵抗の声なき叫びをあげた。これもまたあの気違いじみた計画の結果なのだ。ポーライターは確かに新しい存在形態に到達した――それだけは間違いない!
しかし高尚な夢はひとつとして現実にはならなかった。種族は互いにバラバラの状態だ。ただ、他の世界のオソの仲間たちが空間的にもっと密にぴったりと合体していれば、コミニュケーションのようなものを維持できているかもしれない。とは言え、ほぼ7万に及ぶ孤独な意識体が意味するのは何か。
そもそも7万のポーライターがまだ存在していると思っていてよいのだろうか。
おそらくだめだろう。オソは何人ぐらい失意と絶望であきらめてしまっているのか分からないのがうれしかった。彼らは自分の合体場所もろともまた滅亡してしまったかも知れない。
継続的な発展なぞどこにある。オソは思った。
これで終わりだ。