ダルゲートコンビは休憩をとっていた。彼らの意思疎通の試みは一歩も前進していなかった。明らかに一つの障壁があり、そのためにコンタクトがとれないでいた。
 もう真夜中だった。
 ペリー・ローダンは河岸に腰を下ろして、サボテンのような巨大クリスタルをじっと見つめていた。それは投光器の光のせいで、まるで内側で穏やかに炎が燃えているように輝いていた。アラスカ・ゼーデレーレとワリンジャーも2、3時間前に《トレーガー》へ休憩をとりに戻っていた。
 明日には《トレーガー》はまた乗組員、とりわけ活性装置保持者とミュータントの休養のため短期間M3から撤退する予定だった。彼らの回復を待って艦はまたクラタウに戻ってくる。
 ローダンは、人々の行動意欲と探求への熱意がとうに消え失せてしまったのが分かっていた。もうみな知ってしまったのだ。ポーライターがどこにいたかということ、そしてその求めてきた結果はあまりに抽象的すぎて、たいていの人間にはとても興味が続かないものだったこと。おまけにその事実が背筋の凍るようなものときては。みな口にこそ出さないものの、全事実をもとあったようにそっとしておきたいと思っている。それはローダンも気づいていた。
 ローダンはさきほど長時間イェン・サリクと話し合ってきた。騎士の身分の者が明解な答えを手にしていることを期待して。しかしサリクもはっきりしないようだった。
 たぶん、とローダンはぼんやり思った。自分が《トレーガー》に乗る唯一の宙航士だったら、ポーライターのためにまだまだ骨を折るだろう。
 ローダンのゼルン服はヘルメットを閉めていても周囲の音をみな拾えるようになっていた。彼は岸に腰を下ろしたまま、川から聞こえる微かな水音に耳を傾けていた。目をクリスタルの方に向けるときは、決まって声なき絶望の叫びが聞こえてくるような錯覚を覚えた。
 ローダンは立ち上がって川沿いを歩いた。ときどき身をかがめると石ころやその類いの物を水面へ放った。しばらくすると引き返してきて、こんどはクリスタルのそそり立つ場所へと足を向けた。
 彼はそれに手を触れた。服の手袋ごしにはクリスタルの温度がどのくらいなのかはよく分からなかったが、暖かいものが腕の中へ流れてきているような気がした。
 ポーライターは今も外界を知覚しているのだろうか?
 しているのだ。ローダンは自分の疑問に自分で答えた。ダルゲートによって、ポーライターが今も自分の周囲のできごとを記録していることは分かった。
 希望を抱かせただろうか。
 それとも恐怖?
 「願わくば」ローダンは静かに言った。「わたしの声が君に届いていてほしい。グッキーやフェルマーでは一度もテレパシーコンタクトができなかった。ダルゲートだけが頼りだ。」
 ローダンは反重力プロジェクターのスイッチを入れると《トレーガー》へと滑って行き、間もなく照明のあたっているゲートのひとつに止めた。ぽつんと歩哨がひとり、敬礼で迎えた。ローダンはひとことふたこと、あたりさわりのない言葉を交わしてから艦内へ入った。
 彼はダルゲートコンビの部屋に足を運んだ。ケルマ=ヨとサグス=レトはヌグウン=ケエルスを脱いでいた。両者はキャビンの床に隣りあってうずくまっていた。彼らのトリプリッドもその上にやはりうずくまっていた。
 ローダンは翻訳器のスイッチはとうに入れていた。彼がまたにしようと立ち去りかけたその時、ケルマ=ヨの声が届いた。
 「待って下さい、ペリー・ローダン」
 ローダンはキャビンの入口で立ち止まった。
 「今までずっと外で考えていたんだ。」彼は言った。「おかげで面白いアイデアが浮かんでね。」
 「私たちもずっと考えていました。」サグス=レトが言った。「なにしろまったく成果が無かったのですから。落とし穴にずっぽりはまった心境です。」
 ローダンは巨大生物を見つめた。
 「あまりにも一つのことにこだわり過ぎていたんじゃないか。」彼は言った。「コンタクトを成すことばかりに懸命になって、別の可能性を見過ごしていたよ。」
 「それはいったい?」ケルマ=ヨが呟くように言った。
 「私には君たちのその素晴らしい能力がどれほどのものなのか、よくは分からないが。」ローダンは言った。「ポーライターの救出を試みることを私は提案したい。」
 「救出はいいですけど。」ケルマ=ヨが言った。「でもどうやって?」
 「ポーライターの一体を保存監獄からひきずり出して、行動体まで持ってきてみてくれないか。」
 この提案は無理解という壁にぶつかるものと覚悟していた。が、意外にも物質暗示者はこれをすんなり承諾した。むしろ喜んで、すぐにも仕事にかかりたい様子だった。
 「ここM3では、例の特殊事情を考慮に入れなければならない。」ローダンは言った。「だから作業開始は《トレーガー》の3度目のクラタウ訪問までおあずけだ。」

 《トレーガー》の3度目のクラタウ着陸を前にして、ローダンとダルゲートの物質暗示者コンビがなにを目論んでいるかはとうに知れ渡っていた。
 計画への反応は様々だと言えた。乗組員の大半がおし黙っていて拒否反応が見られることに目をつむれば。
 「リスクが大きい。」ジェフリー・アベル・ワリンジャーが言った。「ふつうダルゲートは物質の最小構成単位を支配する。名人芸に近いやりかたでだ。しかしそれだからと言ってポーライターを救出できると決まったわけじゃない。逆に、何か事故でも起こったらと心配するのが普通だ。」
 艦の出発準備を整えさせ、自ら完全武装したローダンは、仕事を中断して勢いよく立ち上がった。
 「何が言いたいんだ、ジェフ?」
 「サグス=レトとケルマ=ヨがポーライターの合体場を破壊もしくは使用不能にしてしまうおそれもある。ポーライターをアンドロイド代用体に救い出せないまま、な。」
 「そんな類いの危険の徴候が少しでもあれば彼らは実験を中止する。」ローダンは勢い込んで言った。
 「ふうむ」ワリンジャーはすぐには納得しかねる様子だった。「では、ポーライターの意識体が行動体に合体できないまま保存物体から解放されたら?」
 「それは机上の空論だ。」
 「そちらの計画同様に、な。」学者はぼそっと言った。
 「君は絶対反対するとは思っていたよ。」ローダンは頭に血が昇ってきていた。
 「ほお、それは知らなんだ。」ワリンジャーは嘆いてみせた。「この問題は我々には解決できない。それを我々はダルゲートに任せてしまって、ことを混乱させている。我々はダルゲートを知らないし、ポーライターのことなぞなおさらだ。これでは手には入れたがよく分からない、というものを並べて遊んでいるだけだ。」
 ローダンはもちろんかつての娘婿の言い分のほうが正しいことは分かっていた。しかしワリンジャーはその代案は出していない。
 ローダンはベルトに翻訳器をしっかりとつるし、ゼルン服に装備されている多目的アームバンドをチェックした。
 ワリンジャーは自分のヘルメットをいじくりまわしていた。ダルゲートコンビはもう外に運び出され、河岸の保存クリスタルへ向かっていた。グッキーとフェルマー・ロイドは再び表舞台から離れて監視の任についていた。
 アラスカ・ゼーデレーレはカルフェシュの手当てで今回は《トレーガー》に留まる。そのためイェン・サリクがゲートで2人を待っていた。
 惑星表面へ降下した3人は明るい陽射しに包まれた。ローダンには17の行動体を載せたプラットフォームが岸にいるのが見えた。ロボットたちによってそこへ運ばれて来たのだ。ダルゲートコンビは目的地に到着していた。彼らはまたヌグウン=ケエルスを着ていた。ローダンは物質暗示者たちがすでに仕事にかかっているのではないかと、なにか落ち着かない気分だった。彼らを疑っているわけではない。が、これから繰り広げられるシーンの一瞬一瞬をすべて共に体験したかったのだ。
 「私はもう、」ワリンジャーが沈黙を破った。「これで何か掴めることを願うばかりだよ。」
 「またセト=アポフィスが絡んでんじゃないだろね。」イェン・サリクが不安を口にした。「ここはそこいら中にやっこさんが潜んでてこっちを狙っている気がして仕方がないんだが。」
 ローダンはサリクの思い違いであってほしいと思った。これはダルゲートコンビにとっても気になるところで、またもや自由意思を守る戦いを強いられることになりかねない。
 3人は流れに沿って飛んだ。今日は水が波立って泥褐色に見えた。
 一行はほぼ揃ってケルマ=ヨとサグス=レトの側に降り立った。
 物質暗示者のトリプリッドは見当たらなかった。ヌグウン=ケエルスの中にいるのだろう。
 「仕事にかかる前に」ワリンジャーが言った。「ポーライターに君らが何をするか話して、許可を貰おうとしてみるべきだと思うが。」
 彼はローダンの怒った視線から目をそらした。
 「誰かが危機に遭遇して望みを失っているなら、」ケルマ=ヨの落ち着いた声が響いた。「それは助けを求めていると考えてもいいと思います。確認は必要ありませんよ。」
 学者はぶつぶつと何やらつぶやくと、17の行動体の置かれた浮遊プラットフォームのサイドスローブに腰を下ろした。その態度は、もうこの件とはこれっきり関わる気はないとの意思表示だった。
 「どんな具合だ?」ローダンはダルゲートコンビに聞いた。
 「わたしたちはもはや確信しています。捕らわれた意識体は完全に目覚めていると。」サグス=レトが説明した。「これで成功への必要条件がひとつ満たされました。」
 彼はメカ触手でアンドロイドを指さした。
 「そこの1体を地面に降ろしてクリスタルのそばにぴったりとつけて置いて下さい。」
 ローダンは肩をすくめた。
 「これは単なるジェスチャーです。」サグス=レトは人間の肩をすくめるといった反応の意味を正しくとらえられるようだった。「彼らの誤解のないように、私たちが何をしようとしているかを伝えておきたいのです。」
 ローダンはうなずいた。彼はサリクとプラットフォームへ行って殻つきゾンビをひとつクリスタルの所まで運び、サグス=レトとケルマ=ヨの間に置いた。
 「これでうまく伝わってたら万々歳。」サリクが皮肉っぽく言った。
 サグス=レトは少し体を起こした。それはヌグウン=ケエルスの中では大変な努力のようだった。
 「これからは黙っていて下さい、私かケルマ=ヨが何か言うまで。不必要な動作や物音も控えていて下さい。」
 「なんでまた。」サリクが聞いた。
 「私たちは震動する宇宙の中に生きています。」ケルマ=ヨは辛抱強く、まるで礼儀知らずの子供に話しかけるように答えはじめた。「あなた方の精神はそれを理解するに至っていません。現実の物事の関係を理解する程度の理性は持つものの、……」
 「はいそこまで。」サリクがさらっとさえぎった。「われわれは石像のごとくじっと黙って立ってることにしますよ。」
 ダルゲートは満足そうだった。反対にローダンはがっかりしていた。このプロセスがどう始まってどう展開していくのかを知るにはいったいどうしたらいいと言うのか。まず絶対に目で見るのは無理だ。おまけに口を挾めないのでは、最後の最後までまるっきり蚊帳の外ではないか。
 ローダンは自らの手で事にあたり、決定し、責任をとるということに慣れきっていて、受け身の観客に甘んじるというのはどうも落ち着かない気分だった。
 みなじっと立って待っていた。ワリンジャーはスローブに腰掛けて脚をぶらぶらさせていたが、今は動きを止めていた。ローダンはふと《トレーガー》の方を見やった。そちらも静寂を保っていた。もっともローダンは艦からこちらに四六時中監視の目が向いているようにはしてきたが。
 ダルゲートコンビも黙ったままピクリとも動かなかった。今ミクロコスモスの領域で繰り広げられている一幕は文字通りドラマティックに違いないのだが、誰もそれを知る術を持たないのである。
 1分また1分と積もり積もって数時間を数えた。ローダンは何もできない悔しさをひしひしと感じていた。
 そしてついに、もうまた陽が沈みかけて、ローダンの手も足もむずがゆくなった頃になってやっと、ダルゲートコンビの一方が動いた。ケルマ=ヨだった。
 「サグス=レトは今彼のところにいます。」簡潔な物言いであった。
 何だって!ローダンは心の中で叫んだ。2人目の虜囚となったか?

 サグス=レトは物質暗示という目に見えぬ能力が発揮されるようになってから(とりわけケルマ=ヨと彼がダルゲータを発ってこのかた)、一種の精神的な緊張の加速状態にあった。いくどか死も間近に感じ、その一連のドラマティックな体験で彼はかなり鈍感になっていた。危険な状況や異常な出来事に対して、以前に比べて敏感さを欠いていた。
 今彼は、ある別の存在の悲劇的運命に自分の内側から煽られるという感覚を味わっていた。彼は危険へとまっしぐらだった。精神集中をおろそかにし、もしくはすっかり失ったまま。そしてこれは彼の体の中での最後の経験となってしまうかもしれない。
 ケルマ=ヨと協同で彼は河岸のクリスタル構造物を徹底的に調査した。このクリスタルの原子構造は正確に分かり、またポーライターらしき存在がどのような状態でその中に合体しているのかもおおよそ分かっていた。
 ところが、物体を超自然的センサによって外から調査するのと、自分が意識体となって中に入るのとでは全くの別物だった。
 クリスタルへの進入がうまくいった時にサグス=レトがまず感じたのは、全く動きのない静寂だった。そこですぐ感じたのは、クリスタルのこの部分の原子構造と周囲の離れた部分との相互作用が存在しないのでは、だった。
 クリスタルは1つの閉世界であり、固有の制約と機能とを持っていた。
 そういった制約や機能は不自然な長い年月によるものだけではなかった。むしろテラナーが普通「保存」と呼んでいる状態に見られるものであった。
 保存したのもされたのもポーライター自身。
 保存したのはこの特殊な形態で生き延びるため。
 耐え忍ぶためと言ったほうがいいかな、とサグス=レトは思った。このポーライターの意識体の状態を誰も生きているとは言わないだろう。運命に対する絶望に押しつぶされ、堂々巡りの中へ落ちこんでいくばかりのこの状態を。
 そうだよ、ケルマ=ヨ!サグス=レトは思った。こんなになってるなんて夢にも思わなかったよ。
 サグス=レトはいくばくかの危険はあるものと、ことのほか慎重に動いた。もっともそれでこの課題が解ける公算が増すというわけでもなかったが。ポーライターの関心を呼び起こし、行動体への移動が可能だと確信させるまでの、どこを取っても危険は同じだったから。
 これこそまさに真の熟練物質暗示者、サグス=レトの仕事にふさわしい。
 サグス=レトの意識はごく小さな物質粒にしがみついていた。この思念の波と同調してさらに理解を深め、影響力を獲得する。
 ポーライターは眠ってこそいなかったが、目覚めていたわけでもなかった。
 このような存在形態では精神力の消費量は下限に近い。
 もしこの世に熟練物質暗示者なんてものがいるとしたら、私も今はそう呼ばれてしかるべきだな。ダルゲートは皮肉半分に思った。
 彼はヌグウン=ケエルスの自分の体にちょっと思考波を送って、ちゃんと帰れるかどうか確かめた。
 そうしておいて、ポーライターの存在意義とも言える保存クリスタルのひとつを溶かしにかかった。
 サグス=レトはそいつを完全に壊してしまおうという野蛮な決意を固めていた。(もしうまくいけば、だが、)クリスタルはあっという間に数千年来の自然な経過をたどり、完全に溶け去ってしまうことになる。
 ポーライターには可能性が3つ残されている。
 諦めて死ぬか。つまり意識をもろとも溶けるに任せるか。
 意識を高次元の領域のどこかへとさまよわせてしまうか。
 彼の救助を信用してうまく行動体の中へ入るか。
 他にも可能性がないことはないが、それはこの3つのたかだかバリエーションに過ぎない。そして極め付けの楽天家をもってなるサグス=レトはどのみち第3の可能性しか頭になかった。
 原子の基礎構成物質は反物質、ブラックホールといった特異なものを除けばほぼ等質である。サグス=レトにとってクリスタルの粒子を分解しその影響力を発揮するのはなんの苦労もなかった。もっとも、どのへんまでがポーライターの意識片を搭載中なのかは全然分からなかったので、これは一種の博打ではあったが。サグス=レトは自分のインスピレーションを信じることにした。捜すうちに彼は保存効果を安定化させている粒子群を見つけた。それはクリスタルの外殻部分に特に多く、時おり『皮膚』というありふれた概念がぴったりくるくらい作動頻度を高めることがあった。
 ダルゲートはそういった保存化コンポーネントを機能解除している間、ポーライターの反応を緊張しながら待った。
 最初の反応は本能的なもので、サグス=レトの期待通りだった。ポーライターは欠落した保存化コンポーネントを補充しようとしたのである。しかしサグス=レトの『破壊工作』に追いつくほど速くはなかった。
 サグス=レトはポーライターよりもかなりうまく、しかも素早く粒子群を扱えたことに満足をおぼえていた。やってみるまではとても信じられないことではあったが。
 平静に、しかし素早さはそのままに、サグス=レトは作業を続けた。心強いことにケルマ=ヨがすぐそばで見守っている。ケルマ=ヨは直接には介入できないのだが、そばにいるというだけでもサグス=レトを力づけた。
 ポーライターはうまくいかないことを悟ったようだった。
 それは最初の決定的瞬間であった。
 今、意識は覚醒の時を迎えた!
 サグス=レトは作業を中断することなく、気を張りつめてじっと待った。文字通り粘り強いというべきか、ポーライターはクリスタル構造物の粒子に『貼りついて』いるように感じられた。これはかなり不自然な結合とは言え、数千年にわたる結びつきという接着剤のなせる技に違いなかった。
 クリスタルでは既に保存コンポーネントの壊滅が効き始めていた。クリスタルの通常物質はわずかに溶解状態の兆しがみられるようになっていた。
 サグス=レトはなおも待った。
 彼の確信が揺らぎ始めた。ポーライターはとうに反応していなければならないのだ!
 サグス=レトは危険を犯すことにした。
 粒子の効力はそのままに、彼は物質暗示能力を駆使してクリスタルへとぱっくりと口を開けた外傷を作った。手の大きさほどの部分がとれてしまった。
 これでも反応しないのなら、とさえない努力を重ねるサグス=レトは考えた。もう自分には助ける手立てがないな、と。

 クリスタルの外殻の一部が崩れて落ち、粉々になるのを見てローダンはうめき声をあげた。彼は保存物体にあいた穴を指さした。
 「どういうことだこれは、ケルマ=ヨ!」彼はダルゲートを問いつめた。
 ケルマ=ヨは答えをためらった。それは果たしてクリスタル内部で何が起きているかを知らないためか、それともまだ喋りたくないだけなのか。
 「どっかがコケたんでしょ。」これはサリクの悲観的な予測だった。「サグス=レトに帰って来いって言うべきじゃないんですか。」
 ローダンはひとつ悪態をついた。
 「立ち往生しているのかもしれない。」
 「いいえ。」ケルマ=ヨが反論した。「サグス=レトとはコンタクトがとれています。彼は懸命にやっています。」
 「ま、よかろう。」ローダンはため息をついた。
 クリスタルは部分崩壊を起こしているだけでなく、今やその放射光も衰え、別の箇所では変色も起きているようだった。その点彼の気分も灰色そのものだった。
 サリクの次の言葉は、彼もまた全く同じ見方であることを知らしめていた。
 「クリスタルの中じゃ非常事態なんじゃないのか?」彼は叫んでいた。「あの表面に起こった異変を見たろう、ペリー?」
 「ああ。」ローダンはやっとのことで言った。ケルマ=ヨの方へ向き直って、彼は尋ねた。「あれは何が起きているんだ、ダルゲート。」
 「分子構造における異変です。」
 「そのくらい分かる。」ワリンジャーがそっけなく言った。「あんたはそろそろ正確な解説をするべきだ。」
 「クリスタルを維持してきた保存化部分です。」異星人は答えた。「それが消滅したのです。サグスによって破壊されたのだと思います。」
 3人の目が驚愕のまなざしに変わった。
 「破壊?」ローダンが聞き返した。「君らは正気か、ケルマ=ヨ。セト=アポフィスの支配に屈したのか。なぜクリスタルを破壊する。こいつはこのポーライターの唯一の生活基盤で、しかもまだ中にいるのだろうが。」
 ケルマ=ヨはいつもの冷静さを保っていた。つまりこれは人道的な行動が続いている証拠ではあるのだが、実際この中で何が起こっているのかは3人には見当もつかなかった。
 「人に何かさせたかったら、まずそいつを家から引っ張りださなくてはと言いますが」物質暗示者は答えた。「他にどうしようもなければ、あとはその家を壊すしかありませんよ。」
 「そうすりゃ住人は外に出るってか?」サリクが思わず口をはさんだ。
 「でなければ、この場合…行動体のどれかに、かな。」ワリンジャーが続けた。
 ローダンは無言だった。今や全ての色が消え失せたクリスタルをただじっと見つめていた。
 間違いない。…クリスタルは「死んだ」。
 その最期は見るからにものすごい速さで進行した。まるで自然がこの物体に対して幾千年ものあいだ成し遂げられずにいたことを埋め合わせようとしているかのように。
 ペリー・ローダンはインパルス系第2惑星で息絶えた生命の樹に思いを馳せずにはいられなかった。あの時本当は何が死を迎えたかを知ったのは、ほんのつい先程のことだったが。

 敵は動かない!サグス=レトはそう思った。
 クリスタル同様失われたか。
 ダルゲート意識体は麻痺状態だった。故意ではないにせよ、「殺人」に近いことをしてしまった事実がダルゲートを苦しめた。もし事態がいっこうに好転の兆しを見せない場合、そのショックは自分の生命を縮めるだろうと覚悟していた。
 自分がお膳立てをしたこのプロセスはもはや止めることはできない。時間は容赦なく過ぎていく。
 サグス=レトはピクリとも動けなかった。崩壊中のクリスタルから脱出する方法を用意しようなどとは一度も考えなかったのだ。
 その時、まさに突然、ポーライターの意識体が活性化した。
 サグス=レトは亜粒子領域で起こった精神の渦動でそれを知った。
 ダルゲートは驚いた。
 ポーライターは戦いを開始した。今回はもちろん本能的な動きでなく、目的を伴った努力であった。
 ほっとしたサグス=レトはあやうく忘れてしまうところだった。今何をしなければならないのかを。
 彼はケルマ=ヨと二人でポーライターの意識体の目標になるように選んでおいた行動体に精神を集中させた。その体を用意し受け入れ可能にしておくことはケルマ=ヨの仕事で、そのためにはアンドロイド体の原子構造を一種の緊張状態にしなければならない。複雑そうな作業だが、ケルマ=ヨならダルゲートコンビには超軽作業とばかりにやってのけたに違いない。
 サグス=レトは年老いて絶望している意識体を遠くそこまで運ばなければいけなかった。それほど大きくはないようだが、しかしとても無理だということは明白である。
 物質暗示者はポーライターを捜しておそるおそる手探りを始めた。この被保護者がパニックに陥ったりしないよう十分注意しないといけない。何せその助けを当てにしているのだから。
 サグス=レトは自分の精神照準で目標を定め、その並はずれた力を全てポーライターの意識体に集中させた。身の程はわきまえているつもりだが、しかしもしこの問題をうまく片付けることができるなら、自分こそ物質暗示者の名にふさわしいと言える。種族最大の危機を目前にしてさえ、そう誇らしげに考えずにはいられなかった。
 そう考えると力がわいてきた。ケルマ=ヨばかりでなく、並外れて優秀なダルゲートたちがこぞって後ろについてくれているかのようだった。サグス=レトは飛翔感にも似た感覚を味わっていた。
 まだポーライターの反応は鈍重でぎこちなかった。どうすべきか分からないのだ。まともなコミュニケーションさえとれればリラックスしなさいくらい言ってやれるのだが。
 新たな気がかりがサグス=レトに芽生えた。ポーライターは数十万年もの間この死んでしまったクリスタルの中で過ごしてきて、はたして行動体の中で勝手がわかるのだろうか。全く異質な環境、いや新しいだけで質の落ちた監獄、でなければよいが。
 これはサグス=レトには今は答えられない問いかけだった。
 その問いに理論的に取り組んでいる時間もなくなった。クリスタルの崩壊が速まってきたのである。もうこれ以上残りの部分に留まっていられないとサグス=レトは見た。
 ポーライターを支えてみた。うまくいった。
 クリスタルを離れる時は相棒と全力で引っ張り合った。だが広大無辺と見えるこの深淵を渡ってポーライターを運び、行動体の中に詰め込むことができるかどうかは分からない。
 従って目標への道のどこかでポーライターを置いて、サグス=レトは自分のもとの体に戻らねばならなかった。
 クリスタルの崩壊状態は今やサグス=レトの心が痛むほど強烈だった。
 心に活をひとつ入れて、彼はこの崩壊の地を後にした。

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